ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

初心者俳句観

俳句はノートパソコンのようだ、と思う。
常に時代の最新技術が投入されていないと魅力が無い。
それは、可能な限り高性能で、出来る限り小型化された部品が使われる。
小さくすること、凝縮すること。そうするために目もくらむような長い時間の格闘がある。
多くの研究者が世界最小、最速、最軽量といった世界新記録を競争しあい、結晶化させるのだ。

俳句にも多くの部品が使われる。

俳句をつくるには、それを作るための部品がどんな性能を持っているのかを体に染みこませ馴染ませておくように知っておく必要があると思う。

料理を作るのに塩やしょう油の違いをわかっておかなくては、

 

うまい料理にならないようなものだ。

塩やしょう油といった調味料の役目をするのは、どうも、助詞というものらしいが、今の私には助詞というのが、まだちゃんと分かっていない。それどころか、何も分かっていないんだ。
 俳句の十七文字。清水杏芽は十七音字と表現しているが、私にはまだよくわからない。
切レもなく、この十七文字だけが守られれば俳句になる、としてみよう。とそうなると、とても楽だなあ。

季語については、数日前までは無いといけないように思っていたけれど、必ずしも必要でないかも、と思うようになった。
季語が不要なら、小説やら新聞などから十七文字抜き出したものでも何でも、それらがことごとく俳句になる、ということもできるのか?