ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

自然則

「私がはじめた職業は楽しいものではない。ただ手先の器用な、名人ぶる新米がうまくごまかして描けそうな作品を私にも描けという。
しかし、私がいつも躊躇して臆病なのは、自分が出来ないからではなく、自分の野心が正しいためであると思いたい。
まず、則にかなったことを意識しながら出発していきたい。こうして大きくひろげていけば、

 

しまいに思惟の地平は秩序立ち、錯綜はおのずから収まり、
すべては単純なものへまた帰るであろう」とクレーは言っている。

 自然は多くの生き物の連鎖からなっていながら、なぜだか調和してそこにある。
その連鎖の多さからしたら、絵具の数の比ではないな。絵具で色を塗るとき、そのような自然のようにいかないものか?といつも思う。

自然の色彩のすごいところは遠くから見た(たとえば山など)ときの色が紫だったとしても、望遠鏡でそこを覗くと、まったく別な色の世界が広がっているところだ。

絵具で描かれた絵は遠くから見ようと、近くからみようと同じなのに。

自然のようにできたら素晴らしいだろうな、と思う。だから、それを目指すのだ。
そう思うと、クレーの言葉はまったくそのとおりだと感じれる。