ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

葉のリズム

ある日、生垣に茂る蔦を見ていた。

同じ形の葉があるだけなのに。葉ってグリッドに合わせたように配置されることは無いんだな。どういうわけでこの配置なんだろう?
自然は無駄なことはしないものだ。それは無駄な動きが死と隣り合わせであることが多いからか。
絵のような二次元の配置と自然の織りなす三次元の配置。

その複雑さには格段の違いがある。自然て美しいよな、と思う。

今、自分は何を見ているんだろう。大きさを変えて、適度に配置されるとリズムが生まれる、ということか。
ある時は、彩度の高い色の周りは同じ色でもくすませよ、とも教えてくれた自然。
そうした自然が教えてくれる美しさを、いつも感じとれる自分でありたいな、と思う。