ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

色の絵の条件

色の世界、色彩の湯舟に首までとっぷり浸かろう。
二〇一五年の今、色彩の絵はもう時代遅れかもしれない。始りからもう百年たっているのだから。けれど自分の中では今しがた始まったばかりなのです。

初めて色の世界を目覚めさせてくれたのは、マック・スエルンストの作品でした。彼の作品は福島県で見ました。色だけの絵は、世の中に山ほどあってきりがない。自分の絵も埋もれてしまうのか。
フォートリエは「しかし、カンヴァスを地面に投げ出して、絵の具をその上にふりかけ、その結果、得られた素材感やひっかき傷跡、それに素材自体を作り上げたという喜び、そういうものによって、面白いと言うことができるような作品―――今では、皆がやっている事でもあるが ――― それは、絵画を職人仕事に引き戻すようなものだ。それならば、左官屋の仕事の方がよっぽど洗練されている」と。
 ある意味、何もかもが色だけの絵ともいえるんだ。

カーテンも、箸や茶碗、車のボディー、床など。絵として認識されるか、されて居ないか、のことだけではないか。

本質的には何の違いも無いのだ。しかしその上で色の絵を描くということは、それらと決定的な違いが見えなくてはいけない。やっぱり床板とは違うな、と。