ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

電車で見る

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もう、7年くらい前のペンで描いたスケッチを見つけました。自作の葦ペンで描いたみたいです。

電車の中で描いたんでした。

そういえば高村光太郎はこんなことを言ってましたっけ

「私は電車に乗ると異常な興奮を感ずる。人の首がずらりと前に並んでいるからである。人に移動展覧会と戯れにこれを称えてよくこのことを友達に話す。近代が人に与えてくれた特別な機会である」と。

電車の車中でスケッチした絵
僕も電車に乗るとね、そこに居合わせた人たちに目が釘づけになります。

電車は常に動いているので、光の加減が少しづつ変化して、影もそれに従う。

その光景は輝いて非常に美しいものだ。

 一日の陽射しの変化を早送りでビデオで見せられているようで。

仕草もごく自然で、見られるためにポーズをとるモデルなどと違うのです。
二十代の頃にも、よく電車の中でスケッチしたものでした。

人がどんどん入れ替わってゆく。じっと動かずにいる人も少ないが、それが絵を描く訓練には非常に良いのです。

一人の人を描くのに一人では時間が足らず、人の同じ部分、首なら首だけを、来る人毎に見て描くようになる。それは観察によって美を抜き取る感覚を養います。

電車に乗る人の姿勢というのは大抵同じようなものであるから、自然とその力を身につけることができる。ただ眺めているだけでも自然の雰囲気をまとう人たちが沢山いる電車は楽しい。飽きない。

同じような乗り物にバスもありますね。けれどバスは揺れが激しいし、狭いので絵を描くゆとりも、観察する気分も萎えてきます。