ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

電車でゴー

おはようございます。

世界で一番寒い仙台にいるシュンです。雪舞ってるから~。

ところで先月はじめころ、電車に乗ってたんです。

電車の車内風景スケッチ画

それでね、ちょうど15㎝の小さいステンレス定規を持っていたものです。

描くなら、今でしょ。ということで車内をスケッチしました。

上のやつがそれです。まぁ、見てるわけですからね、簡単なものです。

あんまり、時間も無かったので前の座席とその周辺を簡単に描いた程度で目的の駅に到着でした。

僕は昔、20歳の頃だったでしょうか。風景をどう描いて良いものだか、よくわかりませんでしたよ。今でこそね、人物でも風景であっても問題ないけれど。

 

その頃は、紙の上で描くものと、実際の三次元風景を見ながら描くというのは別々の感覚だったなぁ。

ですから、写真を見ればそれを紙に移すように描くことは出来たんです。でも、目で見た人や風景を見えるままに紙に描くってことが出来なかった。そういう技術が無かったのでした。

そもそも原理がわかりませんでした、見えてる立体を平たいものに描くという原理がね。

見える世界は体を回せば360度ビューなのに、紙にどう描くのだ?と思ったものです。

たとえば自分の体に対して平行なものについては、ほぼ、問題ありません。僕に限らず誰であっても問題ないはずです。紙に描くときにも平行に描けば良いだけです。

問題は目の前から、ずっと前方へ、先へと伸びていく道や奥行きのあるものの解釈です。目で見れば奥へ伸びていくけど、紙には奥が無い。遠くも近いも無い、フラットなんです。どうしたら良いのでしょうか?

それでも、その問題は単純な直線だけの話です。曲線とか、曲線の塊といって良い人物ともなると、もう、訳が分かりませんよ。

そう考えていくと、三次元を二次元にするっていうのは、現物を見ながら紙に描くっていうのは、写真を見て紙に描くよりハードルが100個くらい、いやもっとか?高いと思います。

考えさせられることが山のようにあるんです。だから、それをひとつひとつ解決する必要があるんですよね。そうしないと一歩も先に進めません。

なかでも最大にして難関な問題だったのは、人には目が二個あるってことですよね。

これのために、どれだけ振り回されたことか。

これの解決にはかなりの時間を使ったかもしれないなぁ。